知っていることを、知らない状態に戻すのは難しい
駅からお店までの道を説明するとき、「いつもの出口を出て、右へ」と言う。その出口を知らない相手にとっては、最初の一歩から分からない。話す側の頭には地図があるのに、聞く側にはまだない、というずれである。
Camererらは、自分だけが持つ情報を脇に置き、情報の少ない人の判断を再現する難しさを、実験で調べた。これが「知識の呪い」と呼ばれる現象だ。知ってしまった情報は、無視したつもりでも判断に影響し得る。[1]
この研究は経済的な判断を扱ったもので、日常の説明力を直接測ったものではない。ただ、説明を考えるときにも、「自分が分かる順番」と「初めて聞く人が分かる順番」を分けるという視点は役に立つ。
手順をよく知っている人ほど説明が下手、という結論でもない。「分からなかったころ」を想像するだけでなく、相手がどこまで知っているかを尋ねる余地がある、という話だ。
聞く側には、出発点もまだないことがある。
見えているものが違うと、同じ言葉でもずれる
「そこの小さいものを取って」と頼まれたとき、相手から何が見えるかを考える必要がある。自分にしか見えないものまで候補に入れると、頼まれたものを取り違えてしまう。
Keysarらの実験では、指示を聞いて物を動かす人の視線を調べた。参加者は、指示する相手には見えない物にも目を向けていた。最初から、二人に共通して見える物だけに絞って理解していたわけではない。[2]
これは聞き手の理解を扱った実験であり、「説明が下手な人」の特徴を調べたものではない。言葉のずれを考えるヒントは、聞く側にも、自分の見えている範囲から理解し始めることがあるという点だ。
画面を一緒に見ながら「これを押して」と言うなら、指で示す。電話で案内するなら、「画面の右上にある、設定という文字」と言う。こうした工夫は研究結果そのものではなく、共通の手がかりを増やすための実用上の提案である。
他者への配慮の傾向を考える入口が、ビッグファイブの「協調性」です。説明の上手さを測る因子ではありませんが、自分の人との関わり方を振り返る材料になります。
自分の協調性を測る(無料)急ぐほど、相手の出発点を確かめにくい
時間がないと、話す内容を短くすることに意識が向く。「詳しく話す暇がないから」と、背景や用語を省く。相手がその前提を共有していれば通じるが、初めて聞く内容なら、短くしたところが理解の入口だったかもしれない。
Epleyらは、他者の見方を推測するとき、自分の見方を出発点にして調整するという説明を、複数の実験で検討した。時間に追われる条件では、自分の見方に引っ張られる傾向が強まった。[3]
この結果は、急ぐ人の説明が必ず伝わらないという意味ではない。ただ、伝わらないときに話す速度だけを上げても、相手の知らない前提は埋まらない。「今日は何を決めたい話か」「この言葉を知っているか」を短く確かめることも選択肢になる。
説明の苦手さから、性格は決められない
よく話す人でも、背景を省きすぎることがある。口数の少ない人でも、図を使えば分かりやすく伝えられる。慣れた話題か、使う言語に慣れているか、緊張しているかでも説明のしやすさは変わる。
ここで扱った三つの研究は、ビッグファイブの高低によって説明の上手さを分類したものではない。説明が伝わらないという一つの行動から、「協調性が低い」「頭が悪い」と決める根拠にはならない。
相手に配慮したいという気持ちと、相手が何を知らないかを見積もれることも、同じではない。気持ちだけで補えない部分は、用語をそろえる、図にする、実際に一歩やってみてもらうなど、伝え方の工夫として扱える。
「話が長い人」の記事が話す量や繰り返しを扱うのに対し、ここで見ているのは、理解に必要な前提のずれだ。短い説明にも長い説明にも起こり得る。
伝え直すときは、最初の一歩をそろえる
「分かった?」と聞かれて、相手がすぐ「分からない」と言えるとは限らない。うなずいたことだけで理解を判断せず、説明の先で何をするのかを、一緒に確かめる方法もある。
道案内なら「駅の東口を出たところから説明します」。
手順なら「まず、この画面を開くところまで一緒にやりましょう」。
相談なら「今日は、二つの日程のどちらにするか決めたいです」。
聞く側も、「全部分からない」と伝える代わりに、「最初にどこを開くのかが分からない」「その名前が何を指すのか教えて」と、止まった場所を示してみる。話す側は、同じ説明を繰り返す前に、その一か所へ戻れる。
これらは、ここで紹介した実験で効果が検証された定型文ではない。相手の出発点を確かめるための提案だ。伝わるかを見ながら、場面に合わせて変えてよい。
何度も説明し直す必要があるなら、順番を三つほどに分けて紙に残すのもよい。話す人の記憶や、聞く人のその場の集中だけに頼る部分を減らせる。
分かりやすさを、「この人は説明が下手」で終わらせない。どこから分からなくなったかが見つかれば、次に足すべき言葉や手がかりも具体的になる。
自分の人との関わり方を、五つの性格から振り返る
ビッグファイブ診断では、協調性を含む五つの性格の傾向を確認できます。説明力や知能を判定する検査ではありません。人と話すときの自分の傾向を考える材料として使ってください。
参考にした研究
- Camerer C, Loewenstein G, Weber M(1989)The Curse of Knowledge in Economic Settings: An Experimental Analysis. Journal of Political Economy, 97(5), 1232–1254. 大学の論文公開ページ
- Keysar B, Barr DJ, Balin JA, Brauner JS(2000)Taking perspective in conversation: the role of mutual knowledge in comprehension. Psychological Science, 11(1), 32–38. PubMed
- Epley N, Keysar B, Van Boven L, Gilovich T(2004)Perspective taking as egocentric anchoring and adjustment. Journal of Personality and Social Psychology, 87(3), 327–339. PubMed