「また嘘をついてしまった」——その衝動の正体はどこにある

「思ってもいないのに『いいね、それでいく』と言ってしまった」「都合が悪くなると、とっさに嘘で穴埋めする」「あとで『なんで嘘なんかついたんだろう』と、もやもやする」。こういう後味の悪さを、どこかで味わったことがないだろうか。

あるいは逆に、身近にいるあの人の言葉が、いつも少し嘘くさい。都合のいいときだけ話が変わる。約束していたはずが、「そんなこと言ってない」と平気で言う。嘘つきは性格が悪いから、で片付けてしまえば簡単だ。けれどそれだと、なぜその人が、あの場面で、あの嘘を選んだのかが、ちっとも見えない。

あの「とっさに嘘が出てくる」感覚の正体は、人格の歪みというより、性格——とくにビッグファイブで測られる五つの因子のうち、協調性と呼ばれる軸の傾きと、もう一つ別の性質の組み合わせが、ごく自然に吐き出させるものだ。自分を責めるか、あの人を決めつけるか、その前に、嘘がどこから来るのかを、性格の言葉で少し整理してみたい。

嘘をつきやすさと結びつく、二つの性質

ビッグファイブの協調性(A)は、ひとくちに「協調性」と言っても、実はいくつかの細かい面(ファセット)からできている。人を信じやすいか、他人に配慮できるか、素直に従うか、そして——正直にものを言うか。この最後の「率直さ」と呼ばれる面が低い人は、嘘や誤解を招く言い回しを、比較的すんなり口にする。

協調性が低い人全体が嘘つき、という話ではない。協調性が低くても、自分の意見をただ真っ直ぐに言うだけで、嘘をつかない人はたくさんいる。むしろそういう人は、嘘やお世辞よりも本音を選ぶ。けれど、協調性のなかの「率直さ」という特定の面が低く振れていると、真っ直ぐに事実を言うことより、その場を丸く収める嘘や、自分を良く見せる嘘のほうが、先に口から出てくる。

もう一つ、ビッグファイブの外側に目を向けると、HEXACO(ヘクサコ)と呼ばれる別の性格モデルがある。ここには「誠実・謙虚さ」という軸があって、利益のために他人を利用したり、ルールを曲げたりすることをいとわない人は、この軸が低い。この軸の低さは、日常的な嘘やごまかしと、一貫して結びつくことが分かっている。

つまり、嘘が出やすい人は、おおむね「正直に言うことを選びにくい(率直さが低い)」と「ごまかしてでも自分を優先できる(誠実・謙虚さが低い)」の、二つの性質が重なった人だと言える。後者は、マキャベリ主義などダークトライアドと呼ばれる性質とも重なる。いずれにしても「嘘つき=性格が悪い」という一言では、拾いきれない傾きがある。

研究で指摘される、嘘をつきやすさと関わる性質

ビッグファイブの「率直さ(straightforwardness)」が低い:真っ直ぐ事実を言うより、嘘や誤解を招く言い回しが先に立つ

HEXACOの「誠実・謙虚さ(Honesty-Humility)」が低い:ごまかして自分を優先することへの抵抗が小さい

ダークトライアド(とくにマキャベリ主義):他者を操作するための嘘を、計算でつきやすい

これらは「嘘つき=性格が悪い」という一言では拾いきれない、具体的な傾き

嘘の「種類」で見える、なぜつくのかの違い

ここで、嘘そのものにも種類があることを置いておきたい。全部の嘘が同じ理由でつかれるわけではない。

一つは、その場をやり過ごすための「方便」の嘘。予定を断りたい、波を立てたくない、とりあえず返事をしたくない——そういうときに「またね」「考えとく」と、事実とは違うことを口にする。これは実は、協調性が高く、他人の気持ちを気にしすぎる人ほど使いがちで、必ずしも性格の歪みではない。

二つめは、自分を守るための「自己保身」の嘘。失敗を隠す、責任を誰かに被せる、都合の悪い事実を伏せる。不安やストレスを感じやすい、神経症傾向の高い人は、失敗への恐怖から、防衛としての嘘に手を出しやすい。

三つめは、自分を良く見せるための「見栄」の嘘。外向性が高く、他者からの反応を求めやすい人は、話を盛ったり、実力を少し盛ったりして、承認を集めようとする。

四つめは、他者を操るための「操作」の嘘。これが一番性質が重く、誠実・謙虚さが低く、ダークトライアド傾向の強い人に特有だ。相手をコントロールし、自分の利益を最大化するために、計算で嘘をつく。

同じ「嘘」という言葉でも、方便と操作とでは、正体がまるで違う。嘘をつくという行為の裏には、少なくともこれだけ違う動機が乗っかっている。だから「あいつは嘘つきだ」の一言で終わらせると、その人がいまどの嘘をついているのか、どう付き合えばいいのかが、何も見えない。

「嘘つきは性格が悪い」が、ひどく荒っぽい枠組みである理由

ここまで読むと、「じゃあやっぱり嘘つきは性格が悪いんじゃないか」と思うかもしれない。確かに、操作のための嘘を平気でつく人には、性格のどこかに厄介な傾きがある。それは事実だ。けれど「嘘つき=性格が悪い」という枠組みは、二つの点でひどく荒っぽい。

一つは、嘘の多くは性格というより「能力」や「状況」の問題になること。場の空気を一瞬で読んで、角の立たない嘘をとっさに思いつくのには、認知の負荷がかかる。疲れているとき、追い詰められているとき、問い詰められたとき——人は普通、正直に答えるより、とりあえずその場を切り抜ける言葉を選びやすくなる。それは性格の悪さではなく、人間が圧力の前で脆い、という話だ。

二つめは、嘘のなかには、他者を守るためのものもあること。病気を隠す、プレッシャーをかけないために「大丈夫」と言う、預かった秘密を守る。協調性が高く、他者の感情を優先する人は、結果として嘘をつくことがある。それを「性格が悪い」と断じるのは、明らかに間違っている。

要するに、嘘をつくという行為は、性格の傾きだけで決まるわけではない。どういう種類の嘘を、どういう場面で、どのくらいの頻度でつくか。そこを見ないと、性格のラベル一つでは、その人の全体像は見えない。

性格は変わらなくても、嘘の癖との付き合い方は変えられる

では、率直さが低く、つい嘘が出てしまう自分は、どうすればいいのか。あるいは、嘘の目立つあの人と、どう付き合えばいいのか。

自分自身の嘘の癖についてなら、まず「嘘が出そうになった瞬間」を拾うことから始まる。口から出かかった一瞬の言葉に、数秒だけ待てるか。その数秒のあいだに、「これを言わなくて済む言い方はあるか」「正直に言ったときの最悪のケースは、本当に致命的か」を、すばやく見積もる。この一呼吸が、嘘の癖を弱める一番の工夫だ。性格を急に変える必要はない。出る前に、ほんの少し間を置けるかどうか、それだけだ。

それから、嘘の背景にある「怖れ」に名前をつけること。失敗が怖くて嘘をつくなら、その失敗を許容する環境を、自分のまわりに少しずつ作る。見栄で盛ってしまうなら、盛らなくても認めてもらえる場所を、一つでいいから持つ。嘘は多くの場合、何かを怖れて、あるいは何かを欲して、出てくる。その根っこを休ませる場所があると、嘘の出番は自然と減る。

一方で、あの人の嘘に巻き込まれてつらいなら、その嘘がどの「種類」かを見分けることが、身を守る第一歩になる。方便の嘘なら、致命傷にはならない。見栄の嘘なら、距離を測れば済む。けれど、操作のための嘘——都合よく事実を書き換え、あなたを責任の受け皿にし、言った・言わないで翻弄する——これが続くなら、それは性格の傾きを超えた、関係そのものの問題だ。直そうとするより、距離を取ることを優先していい。

一つだけ正直に書いておく。嘘が習慣化し、嘘をつかないと人間関係が回らなくなっているなら、それは性格の範囲を超えている可能性がある。嘘癖(うそぐせ)で困り果てているなら、一人で抱え込まず、心療内科や専門の相談窓口を頼ってほしい。ここで書いたのは、あくまで「傾向を知る」ための話で、医療的な診断ではない。

自分のビッグファイブを一度見てみてほしい。協調性はどのくらいか、とくに率直さという面は。数字が出れば、「とっさに嘘が出てくるのは、この傾きのせいだったのか」と、性格の悪さという濡れ衣を脱げるはずだ。そのうえで、自分の傾きに合わせた、嘘との付き合い方を少しずつ整えていけばいい。