「犬派か猫派か」には性格が関係している

「犬派? 猫派?」と聞かれて、即答できたことがあるだろうか。婚活アプリのプロフィール欄に「犬派です」と書いたことがある人もいるかもしれない。この質問、たわいない世間話のきっかけくらいに思われがちだけど、実は相手の性格を探るうえで、なかなか使える一手だ。

なぜそう言えるのか。心理学者のサム・ゴスリング(Sam Gosling)らが2010年に発表した研究が、ここに地味に効いてくる。4,500人以上を対象に「自分は犬派か猫派か」を自己申告してもらい、同時にビッグファイブの性格検査を受けてもらった。すると、犬派と猫派のあいだには、統計的な性格傾向の違いが現れた。

つまり、犬を選ぶか猫を選ぶかという「好み」の背後には、その人の性格の傾向が反映されている。ペット選びは、無意識のうちに自分自身を投影しているらしい。

研究で判明した犬派と猫派の傾向(ゴスリングら 2010)

犬派:外向性・協調性・勤勉性が高い

猫派:開放性が高く、神経症性がやや高め。協調性・外向性は低め

一つ面白いのは、この研究が「実際にペットを飼っているか」ではなく、「自分は犬派か猫派かという自己認定」で分けている点だ。つまり、今は動物を飼っていなくても、自分のことを「犬派だ」「猫派だ」と思う人たちのあいだで、性格傾向に違いが見られた。好みと性格が結びついている可能性を示す結果だ。

そしてその好みは、おそらく「動物の性質と自分の性質が、どこで噛み合うか」という無意識の計算から生まれている。犬は群れで動き、ルールに従い、飼い主に忠誠を示す。猫は独立心が強く、自分のペースを曲げない。このどちらに居心地の良さを感じるかは、その人の性格次第だ。

以下、この結果を一つずつ紐解いていこう。なぜ犬派に外向性が集まり、猫派に開放性が集まるのか。動物の性質と、飼い主の性格が、どこで噛み合っているのかを見ていく。

犬派の人によく見える3つの傾向

外向性が高い——散歩は社交の場

ゴスリングらの研究で、犬派に最も共通していたのは外向性の高さだ。外向性が高い人は、人と過ごすことからエネルギーを得る。犬の散歩は、ただの用事じゃなくて社交の場になる。公園で他の飼い主と話しかけ合う、ワンコ同士を遊ばせる——こういうのが苦じゃない、むしろ楽しい。犬を「外に出る口実」にしている人も、少なからずいると思う。

協調性が高い——ルールを守って共存する

二つ目は協調性の高さ。協調性が高い人は、他者との調和を大事にする。犬は、ルールやしつけを共有しないと社会で暮らしにくい動物だ。リードをつける、排泄を片付ける、他人に飛びつかせない——こうした「社会のルールを守って、他者と共存する」感覚が、協調性が高い人とは相性がいい。犬を飼うとは、ある意味で近隣や通行人との約束を束で引き受けることでもある。

勤勉性が高い——毎日のルーティンを怠らない

三つ目は勤勉性。犬の世話は、ほぼ毎日同じ時間に同じことをするルーティンだ。朝晩の散歩、餌の時間、ブラッシング、トリミングの予約。これを欠かさず続けられるのは、計画を立てて実行に移せる人——つまり勤勉性が高い人の得意分野だ。「明日の朝は雨だけど、散歩に行く」という小さな決断を、気合いではなく習慣でこなせる。

つまり犬という動物の「群れで動く・ルールに従う・忠誠を示す」という性質が、外向的で協調的で勤勉な人とうまくフィットする。犬派が「一緒に」を求める傾向があるのは、動物への好みとして、こうした性格が先にきている。

猫派の人によく見える3つの傾向

開放性が高い——予測不能さを面白がる

一方、猫派に出た一番はっきりした傾向は、開放性の高さだ。開放性が高い人は、好奇心が強く、想像力や芸術への関心が豊か。新しい考えや、予測不能なものに惹かれる。ここが猫との相性の良さに直結する。猫は気まぐれで、次に何をするかわからない。それを「つかみどころがなくて面白い」と思えるのは、開放性が高い人ならではだ。予測可能で従順な忠誠よりも、予測不能な個性に惹かれる傾向がある。

実際、猫派の人は読書や映画、アートなど、ひとりで深く楽しめる趣味を持っていることが多い。猫の「何を考えているかわからない」表情や、予告なしで起こす行動を、クスッと笑える、愛おしいと変換できる感性は、想像力の豊かさと無縁ではない。予測不能なものを脅威ではなく魅力として捉えられる——これが、開放性が高い人ならではの強みだ。

神経症性がやや高い——静かな時間を好む

二つ目は、やや高めの神経症性。繊細で、刺激に敏感。人混みや騒がしい環境が苦手で、一人の静かな時間を大切にする傾向がある。猫は、飼い主のペースに合わせるより、自分のペースで生きる動物だ。「べったり構われない距離感」が心地よいのは、刺激をやや過剰に受け取る人にとって都合がいい。構われすぎると疲れる人が、構われすぎない動物を選ぶ——これは理にかなっている。

協調性・外向性は低め——自分のペースを守る

三つ目は、やや低めの協調性と外向性。集団のルールより自分の判断を優先する、他人の目をあまり気にしない——こういう傾向が、猫の「独立心の強さ」「誰のものにもならない」という性質と共鳴する。犬派が「一緒に」を求めるのに対して、猫派は「それぞれが」を求める。この違いが、動物への好みとしてあらわれている。

自分が犬派寄りか猫派寄りか、おおよその手がかり

外向性が高く、人といるのが好きで、ルーティンが苦じゃない → 犬派の傾向

開放性が高く、一人の時間が好きで、予測不能さを面白がれる → 猫派の傾向

両方好き、どちらでもない人はどういう性格か

ここまで読んで、「私は犬も猫も同じくらい好きだけど」と思った人もいるだろう。

これはビッグファイブでいうと、おおむねバランス型だ。特定の因子が極端に振り切れていない、中道的なプロファイル。どちらの動物の性質とも、程よく共存できる柔軟さがある。特定の好みに固執しない分、どんな動物とでも折り合いをつけやすい。

もう一つのパターンは、開放性がとくに高い人だ。「犬か猫か」という二択そのものにこだわらず、動物という存在そのものに興味があるタイプ。爬虫類でも鳥でも、変わった生き物ほど惹かれる傾向すらある。選択肢を広げていくほど楽しくなるのは、新しい刺激を求める開放性の強さそのものだ。

要するに「両方好き」は、性格が平坦という意味ではなく、むしろ受容の幅が広いという意味だ。これは決して悪いことじゃない。むしろ、特定の動物に強くこだわる人より、暮らしの選択肢が広いとも言える。

自分の性格に合った動物と暮らすということ

ここまでの話を読んで、「じゃあ犬派の人は犬、猫派の人は猫を飼うべき?」と短絡的に受け取らないでほしい。これは「相性の傾向」であって、ルールじゃない。世の中には犬が好きなのに猫を飼っている人も、その逆も、ごまんといるし、みんなそれなりにうまくやっている。

ただ、知っておいて損はない事実がある。ペットとの暮らしやすさには、性格が大きく関わる。たとえば、外向性が高くて活発な人が、運動量の少ない猫だけと暮らすと、なんとなく物足りなさを感じることがある。逆に、一人の静かな時間を大切にする人が、散歩と構ってちゃんな犬を飼うと、その負担だけで関係が揺らぐこともある。

もう少しひねったケースもある。猫を飼ったはずなのに、もっと一緒に遊びたい、もっと反応が欲しいと物足りなく感じる人がいる。これは外向性が高めで、双方向のやりとりに楽しさを求めるタイプだ。逆に、犬を飼ったはずなのに、毎日の散歩と構う時間が息苦しくなってしまう人は、一人の時間を大事にする傾向が強い。どちらも「愛情がない」わけではない。ただ、動物が求めてくる関わり方と、自分が快適に提供できる関わり方の形が、ずれているだけだ。

これはどちらが悪いという話ではない。「合う・合わない」が性格によって、ある程度予測できる、ただそれだけだ。動物を選ぶとき、あるいは今のパートナーとの関係に息苦しさを感じているとき、自分の因子スコアを一度眺めてみるといい。意外なところに、関係を楽にするヒントが隠れている。

「犬派か猫派か」という質問が、ただの世間話じゃない理由がここにある。答えには、その人のエネルギーの向き先、他者との距離感、刺激への好みが、凝縮されている。次に誰かにこの質問をされたとき、あるいは誰かに聞いたとき、ぜひその返事を聞き逃さないでほしい。その一言に、相手の性格がけっこう正直に出ているから。