ぶつかられた側が、先に謝っている
エレベーターで扉を押さえてもらったとき、口から出るのは「ありがとう」ではなく「すみません」。店で待たされているのに、店員が来た瞬間に「すみません」。会議で発言する前にも「すみません、いいですか」。頼まれごとを断るときは、断る内容より先に謝っている。
一日に何回言っているかは、たぶん数えたことがない。数えると、思っていた倍は出てくる。
やっかいなのは、この癖を人に相談したときの返り方だ。たいてい「気が弱いんだよ」「自信を持ちなよ」で片づけられる。ところが自信のある場面でも「すみません」は出る。仕事の腕には納得しているのに、資料を渡すときは「すみません、遅くなって」から始まる。自信の話ではない。もっと手前で、何かが決まってしまっている。
謝る回数の差は、気の強さの差ではない
謝罪の回数を実際に数えた研究がある。Schumann と Ross(2010年)は、参加者に毎日、自分がしてしまったことと、された側になったこと、そのとき謝罪があったかどうかを日記に書いてもらった。
結果は、女性のほうが男性より謝った回数が多かった。ただし同時に、「自分がやってしまった」と報告した出来事の数も多かった。そして、出来事1件あたりで謝った割合には、男女の差がなかった。
続く実験でも同じ向きの結果が出た。同じ出来事を見せると男性のほうが軽く評価し、その差が「謝るべきか」の判断と、実際に謝るかどうかを予測した。
つまり、謝らない人は謝罪を惜しんでいるのではない。そもそも「これは謝るようなことだ」と登録される線が、高いところにある。逆から見れば、よく謝る人は線が低い。ぶつかられた瞬間に「自分がもう少し端を歩いていれば」と処理が終わっている。相手が悪いかどうかを判断してから謝っているのではなく、判断が始まる前に済んでいる。
この研究が示したのは男女の平均差だが、大事なのはそこではない。同じ場面でも、人によって線の位置がまるで違う。線が低い人は、迷惑をかけた回数が多いのではなく、迷惑と見なす範囲が広い。
この記事の話は、ビッグファイブでいう「協調性」と関わりがあります。自分の協調性がどのくらいかは、5分で測れます。
自分の協調性を測る(無料・登録不要)同じ「すみません」でも、正反対の2人がいる
ここから先は、線が低い側の話になる。ひとくくりに見えて、中身は2つに分かれる。
Einstein と Lanning(1998年)は、罪悪感が1種類ではないことを示した。人の気持ちを想像することから生まれる共感的な罪悪感は協調性と結びつき、落ち着かなさから生まれる不安による罪悪感は神経症傾向(このサイトでは感受性と呼んでいる)と結びついていた。同じ「申し訳ない」でも、湧いてくる場所が違う。
協調性から出るタイプ
相手の顔が曇るのが、見えてしまう。自分は別に困っていないが、相手が困る様子を想像すると、こちらが引き受けたほうが早いと感じる。だから謝罪が先に出る。このタイプは、謝ったあとは比較的けろっとしている。目的が「相手を楽にすること」なので、相手の表情がゆるんだ時点で用は済んでいる。
感受性から出るタイプ
空気が固くなること自体が苦しい。謝るのは相手のためというより、この気まずさを今すぐ終わらせるためだ。だから謝ったあとも終わらない。夜になって「あの言い方でよかったか」「かえって重くしたんじゃないか」と、何度も再生される。
見分けるなら、謝ったあとに残るものを見る。すっきりして忘れているなら前者寄り、家に帰ってから思い出すなら後者寄りだ。両方が高い人は、両方の理由が同時に走るので、いちばんよく謝る人になる。
ただし、こうした特性と罪悪感の結びつきは、はっきりした関係ではあっても強い関係ではない。原著も、これだけで人を分類できるものではないと断っている。あくまで、自分の「すみません」がどちらの水源から来ているかを見当づける手がかりとして使うのがいい。
反射の謝罪が、静かに削っていくもの
先に言っておくと、この癖は悪いことばかりではない。自分に非がない場面での「すみません」——雨で足元が悪いなか来てもらったときの一言のような——は、相手には気遣いとして届く。だからこそ続いてきたし、実際に役に立ってきた。
問題は、量が増えたときに3つのことが起きるところにある。
ひとつめ。責任の所在がぼやける。トラブルのあと、誰の担当だったのかを整理する場面で、記憶に残るのは「謝っていた人」だ。実際に手を止めていた人ではなく。
ふたつめ。本当に謝りたいときの言葉が薄くなる。一日に20回言う「すみません」と、本気の1回が、同じ音でできている。受け取る側は区別できない。
みっつめ。これが一番こたえる。自分の中の記録が書き換わる。謝った回数だけ「自分は迷惑をかける側の人間だ」という履歴が積み上がっていく。事実ではないのに、自分の口から出た言葉なので、証拠のように感じられてしまう。
3つ目まで進むと、線はさらに下がる。下がるからまた謝る。ここが、この癖が自分で回り始める場所だ。
謝る場面と、謝らなくていい場面の線
線を引き直すのに、複雑な基準は要らない。問いは1つだ。
これは、自分がやったことか。それとも、自分が決められたことか。
自分がやった——謝る。
自分が決められたのに、やらなかった——謝る。
どちらでもない——謝らない。天気、電車の遅れ、相手の不注意、上司が決めた予定。ここで出す言葉は、謝罪ではない。
たとえば、待ち合わせに相手を待たせたとする。自分の支度が遅れたなら、これは謝る場面だ。前の会議が長引いて、自分では動かしようがなかったなら、そこで言うのは「お待たせしました、ありがとうございます」になる。遅れた事実は同じでも、自分の落ち度として登録するかどうかは変わる。
もうひとつ。相手が明らかに不機嫌なとき、その機嫌は自分が作ったものかを考えてみるといい。人の機嫌は、たいてい直前の30分ではなく、その日の朝から積まれている。
我慢するのではなく、置き換える
「すみません」を飲み込もうとすると、たいてい失敗する。反射だからだ。出そうになるのを止めるより、別の言葉を置いておくほうがうまくいく。
| 場面 | いつもの言葉 | 置き換える言葉 |
|---|---|---|
| 助けてもらった | すみません | ありがとうございます |
| 呼び止める | すみません | 少しだけいいですか |
| 自分のせいではない遅れ | すみません、遅くなって | お待たせしました |
| 意見を言う前 | すみません、違ってたら申し訳ないんですが | ひとつ確認させてください |
| 頼みごとをする | お忙しいところすみません | お願いしたいことがあります |
いちばん効くのは1行目だ。謝られた相手は「自分は悪いことをさせた」という位置に立たされる。礼を言われた相手は「自分は良いことをした」という位置に立つ。同じ場面なのに、相手に渡す役が違う。よく謝る人は相手を気づかっているつもりで、実は少しだけ相手を居心地悪くさせていることがある。
全部を変えなくていい。まず「ありがとう」に変えられるところだけ変える。1週間で口の形が変わる。
それでも謝ってしまう日のために
この癖は性格から来ているので、きれいには消えない。消す必要もない。線が低いというのは、人の困りごとに早く気づけるということでもある。会議で誰かが黙り込んだのに最初に気づくのも、たいていこのタイプだ。
減らす対象は、自分がやっていないことへの謝罪だけでいい。それ以外は、これまでどおりでかまわない。
ひとつだけ付け加えると、謝ったあとの反芻が眠れないほど続く、食事が細くなる、朝が起きられないというところまで来ているなら、それは性格の癖という枠を超えている。そのときは、性格の話にせず、医療機関や相談窓口で話したほうが早い。
そこまででないなら、明日ひとつだけ試してみてほしい。今日いちばん最初に出る「すみません」を、「ありがとうございます」に変えてみる。言い終わったあと、自分の中に何が残るかを見てみる。すっきりするのか、落ち着かないのか。そこに、自分がどちらのタイプなのかが出る。
自分の線が、どこにあるのかを見る
協調性と感受性の2本を測ると、自分の「すみません」がどちらの水源から出ているのかが見えます。相手を楽にしたくて出ているのか、気まずさを終わらせたくて出ているのか。置き換える言葉も、そこから選べます。
問題数は10問・30問・120問から選べます。まずは軽く、でも大丈夫です。