ゲームフォルダには、必ず偏りが出る

自分の購入履歴やダウンロードフォルダを時系列に並べてみてほしい。RPGがずらりと並ぶ人。対戦ものばかりの人。シミュレーションが何年も続いている人。気まぐれに買っているつもりでも、並べてみると同じ形のものを繰り返し選んでいることが多い。

この偏りを「単なる好み」と片付けてしまうと、面白い情報がひとつ失われる。好みの偏りとは、自分が何をしにゲームへ行くかの偏りだからだ。世界を借りに来ているのか、勝ちに来ているのか、誰かとの時間を作りに来ているのか。ジャンルはその裏に見えてくる。

最初に断っておく。ゲームと性格の研究は、心理学の中でもまだ層が薄い分野だ。この記事は「ジャンルで性格が決まる」という話ではない。性格がジャンルを少しずつ傾ける、という控えめな話として読んでほしい。そのほうが、実際の研究が言っていることに近い。

ジャンルの前に、「何をしに行くか」がある

手がかりになるのが、オンラインゲームのプレイヤーを対象にした古典的な研究だ。スタンフォードのNick Yeeは、大勢のプレイヤーへの調査からゲームの動機を因子分析し、ばらばらに見えた遊び方が「達成」「社交」「没頭」の三つの柱に整理できることを示した(2006年)。

この三つは、今のゲームでもほぼそのまま通用する。

達成は、成長と積み上げのことだ。レベル、装備、ビルドの最適化、順位。数字が上がることそのものが楽しい。社交は、つながりのことだ。フレンドとの通話が主目的で、ゲームのほうがむしろおまけ、という遊び方もここに入る。没頭は、物語と世界のことだ。もうひとつの人生を借りてきて、その世界の隅まで歩いて確認したくなる。

同じRPGでも、この三つで遊び方がまるで別れる。数値を睨んで最強の構成を組む人、パーティメンバーとの雑談が楽しみで進める人、住民の暮らしや街道の風景を読むためにマップを埋める人。ジャンルは入口であって、目的ではない。同じ扉から入って、別々の部屋に向かっている。

ジャンルが何のゲームかより、
何を借りに来ているかのほうが、その人をよく表す。

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ジャンルで読む、性格の傾き

では、ジャンルごとに何を借りに来る人が集まりやすいかを整理する。あくまで傾向であって、例外はいくらでもある。自分の行と、周りのゲーマー友達の行を比べてみてほしい。

ジャンル借りに来るもの傾きやすい因子
物語RPGもうひとつの人生、物語の結末開放性(想像・物語への感受性)
シミュレーション・策略設計がそのまま結果になる手応え誠実性(計画・管理を楽しむ)
対戦・FPS瞬間の判断と競争のスリル外向性(刺激追求)
協力・パーティプレイ誰かと同じ時間を過ごすこと外向性・協調性
箱庭・栽培・建築自分のペースで世界をいじる自由開放性(外向性は高くなくても成立)
パズル・思考小さな問題を確実に解く静かな達成誠実性・開放性

プレイヤーの類型を性格と突き合わせた調査もある。フランスの法学部学生753人を対象にした2023年の研究では、プレイヤーは「策略を楽しむMastermind(45.0%)」「世界を探し回るSeeker(22.7%)」「勝ちにいくConqueror(12.9%)」「スリルを追うDaredevil(9.7%)」「積み上げを楽しむAchiever(9.7%)」の五つの類型に分かれ、この類型とビッグファイブのスコアに有意な関連があった。策略家と探求者で半分以上を占めるあたり、静かな遊びの人口の多さが読み取れて面白い。

ただしこの調査は法学生限定の話で、そのまま一般に拡大できる数字ではない。研究の層が薄い領域では、一つの数字を証拠に据えるより、複数の研究が同じ方向を向いているかを見るほうが確かだ。

研究で言えることは、実は控えめ

ここで、期待を少し控えめにしておきたい。七か国の大学生3540人を対象にした2024年の国際共同研究は、ビッグファイブとゲームの関係を直接調べた。結論をひとことで言うと、関係はあるが、弱い

興味深いのは、そのつながり方だ。性格は直接ジャンルを選ぶのではない。性格が「何をしに来るか」(動機)を選び、その動機が遊び方と時間を決める、という二段構えだった。しかも動機によって行き先が違う。仲間と過ごすため・気晴らしのために遊ぶ人は週の遊び時間が長くなりやすい。一方、つらさをしのぐために遊ぶ人は、時間の長さよりのめり込みすぎのほうに出やすかった。同じ「よく遊ぶ人」でも、中身が別物だということだ。

つまり、性格からゲームへは一本道ではなく、間に「動機」という駅がある。この駅に、友達がやっているから、今ちょうど疲れているから、きっかけがあったから、といった生活の事情が次々乗り込んでくる。ゲームの選択は、性格だけでは説明がつかない。それでいて、何年も選び続けた結果の偏りには、性格の傾きが静かに写っている。

「RPG好き=この性格」という断定は、今の研究ではできない。言えるのは、ジャンルの偏りは性格の強い証拠ではなく、ヒントである、ということ。

ヒントとして読むのがいちばん正確で、いちばん役に立つ。

自分の「直近3本」を読んでみる

ここからは自己観察の番だ。直近で遊んだ三本のゲームを思い浮かべてほしい。ジャンルは何だったか。そして、その三本が共通して返してくれたものは何だったか。

成長と積み上げがあったのか。誰かとの時間があったのか。物語と世界があったのか。それとも、考えることをやめるための休息だったのか。三本の共通項が、いまの自分が借りに来ているものだ。忙しい時期はパズルで頭を空にし、落ち着くと長編に手を伸ばす、という風に、借りるものは季節によっても変わる。それも含めて自分の設計である。

もうひとつ、見分けやすいサインがある。少し前にやめたジャンルを、別のタイトルでまた買ってしまう——これは、そのジャンルが今の自分に合っている兆候だ。逆に、「みんなが面白いと言っているから」と始めたものが続かないのは、意志が弱いからではない。借りに来るものが違うだけだ。評判と自分の設計は、別の物差しである。

合わないジャンルを、無理して続ける必要はない

趣味は検査ではない。努力で証明するものでもない。今の生活で足りていないものを、一時的に借りにいく場所だ。だから、対戦のランクが上がらなくてしんどい人が無理に続ける必要はないし、一人で黙々と遊ぶ時間を「引きこもりみたいで」と気にすることもない。借りるものが違うだけの話で、どちらが上ということはない。

「自分に向いた趣味の探し方」を因子別に整理した記事もこのサイトにある。ゲームを含めて余暇全体の設計を見直したいときは、そちらと付き合わせて読んでほしい。

ライブラリの偏りは、そのまま自分という設計の記録だ。何をしに行くかが分かれば、次に何を買うかも、買わなくていいものも見えてくる。ゲーム選びに迷った夜の、地図の代わりになるはずだ。

参考にした考え方