覚えていない場合と、呼ばない場合

「名前を呼ばない」という同じ行動にも、違う事情があります。名前を思い出せない、名字と下の名前のどちらで呼べばよいか迷う、相手に話しかけるとき名前を入れる習慣がない、名前を言おうとすると強く緊張する。外からは区別できません。

大事なのは、名前を覚えられないことと、知っている名前を呼べないことを混ぜないことです。前者は記憶や思い出す手がかりの話です。後者は、呼びかける場面の関係や気持ちの話になることがあります。

また、会話がいつも一対一なら、名前を使わずに「これ、どう思いますか」と話すだけで自然に通じます。名前が出ないこと自体から、好意や敬意の有無を判定することはできません。

見分ける手がかりは、名前だけでなく、普段のやり取り全体です。用件を聞いてくれるか、約束を守るか、困ったときに応じてくれるか。こうした行動まで含めて見れば、呼びかけの一語だけを過大に解釈せずに済みます。一方、名前以外でも繰り返し避けられ、必要な連絡まで届かないなら、呼び方とは別の問題として考える必要があります。

名前を「知っている」ことと、
相手に向かって「呼べる」ことは違う。

呼び方には関係や場面のルールがある

呼び方は単なる単語の選択ではありません。名字か下の名前か、敬称を付けるか、役職で呼ぶかによって、相手との距離や礼儀の示し方が変わります。

Stephanらは、丁寧な言い方と心理的距離の関係を複数の実験で調べました。相手との距離が大きいと想定すると、より丁寧な表現が選ばれ、丁寧な表現から距離を感じる方向の結果も報告しています。[1]この研究は「名前を呼ばない人」の原因を直接測ったものではありません。ただ、呼び方が関係の距離と結びつくため、迷いが生じうる背景を示します。

特に職場や初対面では、名前を使うことが親しすぎると感じる人もいます。逆に、名前を使わないことがそっけなく響く相手もいます。どちらの受け止め方も、関係や場の習慣で変わります。

日本語では、役職名や「さん」付け、名字と下の名前など、選べる呼び方がいくつもあります。相手の希望を知らないまま、いきなり下の名前で呼ぶことをためらうのは自然です。これは紹介した実験から日本語話者の割合を計算できるという意味ではなく、日常の場面を整理するための例です。

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親しい人ほど名前を言いにくいこともある

Dityeらは2023年、相手の名前を知っているのに呼びかけに使うことが難しい人、女性13人に面接しました。参加者は名前を使いたいと思いながらも、不安や気恥ずかしさを感じ、回避していました。研究者はこの現象を「アレキシノミア」と呼んでいます。[2]

意外なのは、親しくない相手だけが難しいわけではないことです。参加者の中には、恋人や家族など近しい人の名前ほど言いにくい人もいました。名前を呼ぶと、相手との近さを強く意識してしまう。呼ばないことが、必ずしも冷たさを意味するわけではありません。

ただし、この研究は困りごとを自覚した少人数への面接です。名前をあまり呼ばない一般の人すべてに、同じ理由を当てはめることはできません。日常のちょっとした照れを、研究名だけで病気や症状と決めつけるのも避けたいところです。

社会不安との関係と研究の限界

2025年の別の研究では、社会不安の程度が異なる190人を調べ、社会不安が高い人ほど、恐怖を伴う名前の回避も強いという関連が報告されました。[3]名前を呼ぶ場面に強い不安がある人の理解には役立ちます。

しかし、これは「名前を呼ばない人には社会不安がある」という意味ではありません。関連を調べた研究であり、名前を呼ばない原因を一つに確定したものではありません。役職で呼ぶ習慣、呼び方を迷う関係、単に名前を使わない話し方などは別に考える必要があります。

Big Fiveの得点からも、一度の呼びかけ方を逆算はできません。2023年の少人数の研究では外向性の低さも見られましたが、選ばれた13人の特徴を、そのまま一般の人の法則にはできません。性格は場面をまたいだ傾向で、名前を使うかどうかは相手や場面によっても変わります。

呼ばれない側・呼びにくい側の対処

名前を呼ばれないのが寂しいときは、相手の意図を決める前に、自分の希望を短く伝えてみてください。「下の名前で呼んでくれると話しやすいです」「名字でお願いします」のように、呼び方の選択肢を明示できます。相手がどう呼ばれたいかも確認すると、双方の迷いが減ります。

呼ぶ側で迷うなら、最初に「何とお呼びしたらいいですか」と尋ねる方法があります。名前を口にすると強い緊張が起きる場合は、無理に繰り返して克服しようとせず、会話で困る場面や負担の大きさを整理してみましょう。生活や仕事に支障が続くなら、専門家に相談する選択肢もあります。

相手が望まない愛称や、距離を急に縮める呼び方は避けます。名前をたくさん呼べば親密になる、という単純な話でもありません。その人が望む呼び方を知り、必要な場面で自然に使えることのほうが大切です。呼び方を確認する会話は短くてもかまいません。相手が答えた呼び名をそのまま使い、後から変えたいと言われたら合わせます。名前を呼ばれない側も、伝えた後の反応まで見て判断すれば、一度の沈黙に意味を背負わせすぎずに済みます。

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参考にした研究

  • Stephan E, Liberman N, Trope Y(2010)Politeness and psychological distance: A construal level perspective. Journal of Personality and Social Psychology. PubMed
  • Ditye T, Rodax N, Welleschik L(2023)Alexinomia: The fear of using personal names. Frontiers in Psychology, 14:1129272. 原著
  • Ditye T, Sartorio M, Welleschik L(2025)Name avoidance in social anxiety: Understanding alexinomia. Journal of Anxiety Disorders, 109:102958. 原著