「返さない人」は、一種類ではない
貸した側から見ると、返らないという結果はいつも同じ形をしている。だから原因も一つだと思いやすい。「あの人はだらしない」「私のことを軽く見ている」。どちらも、そう考えたくなる気持ちはよく分かる。
ただ、原因を一つに決めてしまうと、打てる手も一つになる。たいていは「催促する」しか残らない。そして催促は、あまり効かない。
手がかりになる調査がある。スイスの研究チームが、通信制大学の学生102人にスマートフォンで「明日やるつもりのこと」を毎日書いてもらい、翌日それが実行できたかを追った。集まった予定は1823件。日課ではない、その日かぎりの予定ばかりだ。
果たされなかった予定について理由を聞くと、意外な結果が出た。純粋に「忘れていた」と答えられたものは、全体の1割から1割半にとどまった。残りの多くは、忘れてはいなかった。その日の状況が変わった、他のことが先に来た、やる気が続かなかった——記憶ではなく、状況と優先順位の側の理由だった。
「返さないのは忘れっぽいから」は、いちばん思いつきやすくて、いちばん当たりにくい説明
本人が「ごめん、忘れてた」と言うときも、頭から完全に消えていたとは限らない。思い出す機会はあったが、そのたびに他のことが先に来ていた、というほうが実情に近い。
この記事では、返らない仕組みを三つに分けて見ていく。借りた物が自分の持ち物の景色に溶けること、貸した側と借りた側で記憶の重さが違うこと、そして返すきっかけが作られないまま優先順位が下がっていくこと。そのうえで、ビッグファイブの誠実性がどこに効いているのかを見る。
借りた物は、数分で「自分の景色」に入る
まず、物の側で起きていることから。
カナダの研究で、参加者に「この色の物はあなたのもの、この色の物は実験者のもの」と割り当て、そのあとで自分に関する言葉とその色を組み合わせる反応の速さを測った実験がある。結果、自分のものと決められた品と自己に関する言葉が結びつくまでに、数分しかかからなかった。しかも、所有していた期間の長さは関係がなかった。長く持っているから愛着がわく、という順番ではなく、手元にあると決まった時点で、頭のなかの「自分」の側に入っていた。
似た話は、経済学のほうからも来ている。持っているというだけでその物の値打ちを高く見積もる傾向は保有効果と呼ばれ、1990年のマグカップを使った実験で広く知られるようになった。2015年のレビューは、この現象を「所有していることが、値打ちを見積もるときに目に入る情報を偏らせる」ためだと整理している。
借りた物は、借りた瞬間から自分の景色になじみ始める。
棚に並べた本。鞄に入れっぱなしの充電器。玄関に立てかけた傘。どれも、持ち主の名前が書いてあるわけではない。数週間もすれば、その配置がその人の部屋の「ふつう」になる。そうなると、目に入っても引っかからなくなる。返さないのではなく、返すものとして見えていない。
念のために書いておくと、これは言い訳として使える話ではない。相手の物を預かった責任は、頭のなかで何が起きていようと変わらない。ただ、仕組みが分かると、打てる手が変わる。「責める」から「景色から外す」に変わる。この記事の最後で、その具体的な方法にふれる。
貸した側と借りた側で、記憶の重さが違う
次に、記憶の側で起きていること。ここには、はっきりした非対称がある。
古典的な研究に、夫婦に家事の分担を聞いたものがある。「家のことのうち、自分はどれくらいやっているか」を別々に答えてもらうと、二人の答えを足すと100%を大きく超えた。嘘をついているわけではない。自分がやったことは思い出しやすく、相手がやったことは思い出しにくい。思い出しやすさが、そのまま見積もりの大きさになる。1979年に報告されたこの偏りは、いまも自己中心的な記憶の代表例として引かれている。
2024年には、これを実験室で確かめた研究も出ている。参加者に、自分で行う課題と、他人が行うのを見るだけの課題を用意して難しさを比べさせたところ、自分でやった課題のほうを難しかったと評価した。しかも、その差は課題が難しくなるほど開いた。能動的にやったことは、見ていただけのことより重く残る。
これを貸し借りに当てはめると、構図がはっきりする。
貸した側には、思い出す手がかりが毎日ある。渡したという出来事に加えて、それが無い状態が毎日続くからだ。空いた棚。傘立ての隙間。使おうとして「あ、貸したままだ」と気づく瞬間。手がかりは減るどころか、日々足されていく。
借りた側はその逆になる。受け取ったという出来事は一回きりで、そのあとは使っているうちに手がかりが消えていく。前の節で見たとおり、物のほうも自分の景色になじんでいく。思い出す機会そのものが、時間とともに減る。
「なんで覚えていないの」の答えは、たいてい人柄ではなく、手がかりの数
貸した側は毎日思い出し、借りた側は日に日に思い出さなくなる。同じ日数が過ぎても、二人が持っている記憶の量はまったく違う。
ただし、これは「だから仕方ない」という話ではない。手がかりが少ないことは、相手の時間と物を返さなくてよい理由にはならない。
この記事の話は、ビッグファイブでいう「誠実性」と関わりがあります。物の置き場を決められるか、面倒でも先に片づけられるか——このあたりの傾向は、5分で測れます。
自分の誠実性を測る(無料・登録不要)誠実性は、どこに効いているのか
ここでようやく性格の話になる。物の貸し借りは記録が残らないので研究しにくいが、お金の貸し借りなら数字が取れる。
モンゴルの小口融資を調べた2021年の研究では、借り手1118人について、心理検査の結果と実際の返済記録を突き合わせている。返済の見込みと結びついていたのは、誠実性、自己統制、お金に対する構え、そして人に与える姿勢だった。約束どおり返す人と返せない人を分ける手前に、性格の傾向が確かに乗っている。
アメリカで2022年に行われた、給付金の使いみちを調べた研究(対象1172人)も似た方向を向いている。誠実性は、貯蓄や返済にお金を回すかどうかを予測する、最も安定した要因のひとつだった。
ただし、効き方の中身を取り違えないほうがいい。誠実性が高い人が返せるのは、記憶力が良いからではない。ビッグファイブの誠実性は、物の置き場が決まっている(秩序)、先に片づけてしまう(慎重さ)、面倒でも動き出せる(自己統制)といった働きの束だ。返すという行動は、この束に自然に乗る。乗せる仕組みを持っている人は、思い出す必要すらない。
誠実性が低い=だらしない、ではない
決まった置き場、決まった時刻、決まった手順——そういう外側の仕組みに助けられている度合いが小さい、ということ。仕組みがあれば動けるし、無ければ止まる。
もうひとつ、よくある誤解を外しておきたい。返さないことを協調性の話にするのは、たいてい当たらない。協調性が高くて人当たりのいい人が、借りた物を何か月も抱えていることはよくある。逆に、愛想がなくて頼みごとを断る人が、借りた物だけはきっちり期日に返してくることもよくある。返す・返さないを分けているのは、相手を思う気持ちの量よりも、動き出す仕組みがあるかどうかであることが多い。
だから「私のことを軽く見ているから返さない」という読みは、当たっていることもあるが、外れていることのほうが多い。そして外れているときに責めると、相手は驚いて身構えるだけで、物は戻ってこない。
貸した側・借りた側、それぞれに打てる手
仕組みが分かったところで、実際にどうするか。
貸した側から。いちばん効くのは、責めずに事実だけを伝えることだ。「あの本、来週使うので返してもらえる?」で足りる。ここで相手の反応を見ると、中身が分かれる。「あ、ごめん、すっかり」と慌てて動くなら、手がかりが無かっただけ。話をそらしたり、貸した事実をあいまいにしたりするなら、それは記憶ではなく別の問題で、催促の回数を増やしても変わらない。
次に効くのは、渡すときに期限と用途をつけることだ。「来週の水曜に使うから、それまでに」と言って渡すと、相手の側に「返す日」という予定が立つ。予定になれば、思い出す対象になる。用途があると、返す理由が相手にも見える。
そして、返す道を狭くしない。会ったときに手渡し、と決めてしまうと、会う機会が無い月はそのまま流れる。郵便でいい、玄関に置いていい、共通の知人に預けていい——道が多いほど、返る確率は上がる。
最後に、いちばん確実な手を書いておく。返ってこないと困るものは、貸さない。冷たいようだが、貸したせいで相手を嫌いになるくらいなら、最初から貸さないほうが関係は続く。
借りた側から。まず、記憶に頼らないと決めることだ。2025年の研究では、あとでやる予定を外部のリマインダーに預けると成績が上がることが確かめられている。ただし同じ研究は、少し嫌な事実も示している。人がリマインダーを置くかどうかは、実際にどれくらい必要かではなく、自分が必要だと思うかどうかで決まっていた。つまり、自信があるときほど置かない。そして忘れる。
この過信は、年齢とともに強くなる面もある。18歳から30歳と、65歳から84歳の合わせて88人を比べた研究では、高齢の側は予定の記憶の成績が落ちていたにもかかわらず、自分の記憶を高く見積もり、リマインダーを使って補うことをしきれていなかった。
だから、借りたその場で置いてしまうのがいい。返す日をカレンダーに入れる。玄関に出しておく。袋に入れて鞄の横に立てておく。「覚えておこう」と思った時点で、もう不利な勝負を始めている。
もうひとつ、前の節の話を裏返す。借り物を自分の物と混ぜない。本棚に差さない、引き出しに入れない。一か所にまとめて、そこだけは自分の景色に溶けないようにしておく。返すのが遅れる人の部屋は、たいてい借り物が自分の持ち物の列にきれいに並んでいる。
お金と高価な物は、別扱いにする
金額が大きくなるほど、性格の話では収まらなくなる。返す期限と金額を書いたものを残す、分けて返せるようにする、といった手が要る。そして貸す側は、返ってこなくても関係を続けられる範囲かどうかを先に決めておくほうがいい。
借りたお金の返済が繰り返し滞る、借りる先が増えていく、といったことが続いているなら、それは性格の傾向ではなく生活のほうの問題なので、公的な相談窓口を早めに使ったほうが早く片づく。
返すという行為は、記憶力の勝負に見えて、実は置き場ときっかけの話だ。覚えていられる人が返しているのではなく、覚えていなくても返る形を作っている人が返している。そして、その形を作るのが得意かどうかには、性格の傾向が確かに関わっている。
自分の誠実性を、測ってみる
物の置き場を決められるか、先に片づけてしまえるか、面倒でも動き出せるか。返す・返さないを分けているのは、この辺りの傾向です。自分がどちら寄りかを知っておくと、記憶に頼らない形を先に作れます。
参考にした研究
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