「あの人、裏表あるよね」と言われる人の行動パターン

職場を思い浮かべてほしい。裏表があると言われる人には、だいたい共通の行動がある。

相手の役職や立場によって、声のトーン・言葉遣い・笑顔の量がはっきり変わる。上司や取引先の前では感じがいいのに、評価に関係ない相手——後輩、店員、電話口の相手——への態度が急に雑になる。本人がいる場では褒めていた人のことを、いなくなった途端に下げる。そして本人は、その切り替えを自覚していないことも多い。

見ている側に残るのは、「この人が自分に見せている顔も、本物じゃないかもしれない」という不信感だ。裏表がある人が嫌われる本当の理由は、裏の顔の中身ではなく、この「どっちが本物か分からない」という不気味さにある。

ただ、ここで一度立ち止まりたい。「人によって態度を変える」こと自体は、悪なのだろうか。友人に話す言葉と、初対面の取引先に話す言葉が同じ人は、むしろ社会人として心配される。つまり私たちは全員、態度を切り替えて生きている。では、何が「裏表がある人」と「常識がある人」を分けるのか。

正体その1:セルフモニタリング——場面ごとに自分を切り替える力

心理学には、この切り替えの個人差を表す概念がある。セルフモニタリング——1970年代に心理学者マーク・スナイダーが提唱した、「その場に合わせて自分の見せ方を調整する力」の強さだ。

セルフモニタリングが高い人は、場の空気・相手の期待・その場での「正解の振る舞い」を素早く読み取り、自分の表情や言動をそこに合わせる。営業や接客で成果を出しやすく、初対面にも強い。いわば社会的なカメレオンで、これ自体は立派な能力だ。

一方、セルフモニタリングが低い人は、どんな場面でも自分の内側の基準で振る舞う。器用ではないが、誰の前でも同じなので「裏表がない人」と信頼される。

つまり「裏表がある」と言われる人の多くは、嘘つきというより、切り替え能力が高すぎて、切り替えの落差が周りに見えてしまっている人だ。能力の問題ではなく、落差の見せ方の問題と言ってもいい。

ではその「落差」は、性格のどこから生まれるのか。ここでビッグファイブの出番だ。

正体その2:ビッグファイブで見る「外向きの顔」の作り方

ビッグファイブでは、性格を開放性・誠実性・外向性・協調性・神経症傾向の5因子で測る。裏表の「表の顔」を作っているのは、主に協調性と外向性の"意識的な増量"だ。

取引先の前で感じよく振る舞うとは、要するに、協調性(愛想・同調・思いやりの表現)と外向性(明るさ・社交性)を、その場だけ意識的に引き上げるということだ。これは誰でも多少はやっている。問題は、引き上げた状態を維持するのにエネルギーがかかることだ。だから評価に関係ない相手の前では、省エネモードに戻る。後輩や店員に見せる顔は、その人の「素の設定値」に近い。裏の顔が「本性」に見えるのは、あながち間違いではないわけだ。

もう一つ、見落とされがちな因子がある。神経症傾向だ。神経症傾向が高い人は「嫌われたらどうしよう」という不安が強いため、力関係が上の相手の前で、協調性の増量幅が大きくなりやすい。つまり裏表の落差が大きい人は、性格が悪いというより、強い相手への不安が大きい人である場合が結構ある。媚びているように見える振る舞いの正体が、実は恐怖だということだ。

嫌われる裏表と、嫌われない裏表の分かれ道

ここまでの話なら、裏表は「適応の技術」で済む。しかし実際には、明確に有害な裏表も存在する。分かれ道はどこか。

判断の軸はシンプルで、切り替えの目的が「その場への適応」か「人を利用すること」かだ。相手に合わせて言葉遣いを変えるのは適応。相手の前で褒めて裏で評判を落とす、力の弱い相手だけを雑に扱う、取り入った相手から利益を引き出して用が済んだら手のひらを返す——これは適応ではなく操作だ。心理学でダークトライアドと呼ばれる傾向(自己愛・マキャベリズム・サイコパシー傾向)が強い人の対人パターンに近い。

態度が変わるかどうかではなく、「弱い相手への態度」にその人の本体が出る。

だから、誰かの裏表を見極めたいなら、自分への態度を見ても意味がない。その人が店員・後輩・立場の弱い人にどう振る舞うかを見る。そこが穏やかなら、切り替えはただの社会的スキルだ。そこが雑なら、あなたに見せている顔も戦略の一部かもしれない。

もし操作型の裏表を持つ人が職場にいるなら、付き合い方の原則は2つ。まず、その人の口から出る「第三者の悪口」は、いずれ自分の悪口になると考えて、同調しないこと。「そうなんですね」で受け流し、同意の言質を渡さない。もう一つは、重要なやり取りを口頭だけで済ませないこと。手のひらを返すタイプは「言った・言わない」の場面で最も強いので、記録が残る形にしておくだけで、こちらへの扱いが変わることが多い。距離を取るのは、それからでも遅くない。

裏表がまったくない人は、実はいない

ここまで他人の話をしてきたが、最後に矛先を自分に向けてみたい。

性格心理学の調査で必ず問題になる現象がある。社会的望ましさバイアス——人は自分について答えるとき、無意識に「良く見られる方」に寄せてしまう、というものだ。「あなたは思いやりがありますか」と聞かれて、まったく盛らずに答えられる人はほとんどいない。つまり、他人に対してだけでなく、自分自身に対してすら、人は「表の顔」を見せている

家では無口なのに職場では明るい。友人には辛辣なのに恋人には優しい。SNSの自分と現実の自分が違う。これらは全部、程度の差はあれ誰にでもある。裏表は例外的な悪徳ではなく、人間の標準装備だ。問われているのは「あるかないか」ではなく、自分の裏表の落差を自分で把握できているかの方だと思う。落差を自覚している人は制御できるが、自覚のない人は、先ほどの「後輩への態度」に無意識のまま本体が漏れる。

そしてこの落差は、放っておくとじわじわ効いてくる。外向きの顔と素の自分の距離が大きいほど、演じている時間のエネルギー消費も大きい。「会社にいるだけで疲れる」「休日に人と会う気力が残らない」という消耗の正体が、仕事量ではなくこの落差の維持費だった、というのはよくある話だ。だからこそ、自分の落差がどの因子で、どのくらいあるのかを知っておくことには実用的な意味がある。

自分の「裏」を確かめる方法がある

では、自分の裏表の落差はどうすれば分かるのか。

実は、性格診断の世界にはこれを逆手に取る方法がある。「あなたは社交的ですか」と直接聞くと表の顔が答えてしまうが、「実際のあの場面でどうしたか」を聞くと、盛りにくい素の答えが出る。この2つを比べれば、自己イメージ(表)と実際の行動(裏)のズレ——つまり自分の裏表の落差そのものが数値で見える。

当サイトの「本音のビッグファイブ」は、まさにこの仕組みで作った診断だ。誰にも見せない前提で場面ごとの本音を答えていくと、普段の診断結果とのズレが因子ごとに表示される。ズレが大きい因子は、あなたが無意識に「盛っている」場所であり、同時に、外向きの顔を維持するのに一番エネルギーを使っている場所でもある。自分の裏の顔は、暴かれると怖いが、自分で先に知っておくと武器になる。